昨日の日記で入荷予告していました、『SEIKO ダイバー 植村サードモデル』が入荷しました。
早速、写真をアップしましたので~ご覧下さい。
時計全体のコンディションは、なかなかイイと思います。
(いいですねぇ~個人的に好きです。)
リューズを4時位置にもっていってあるデザインは手首を曲げても当たることなく邪魔になりません。
(IWCのアクアタイマーもそうです。)
また、ケースサイドを曲線でラグと繋ぎ~リューズガードと一体化させているところも装着感向上+破損防止に一役かっているように思います。
冒険家、植村直己 氏の実体験を時計デザインに取り入れた形が、この時計なのでしょう!。
(今の時計にない、カッコ良さがあります。)
日本を代表する冒険家の名前を冠した、『SEIKO ダイバー』。
『植村直己』氏のエピソード、偉業も含めて魅力ある国産アンティークだと思いませんか?
『植村直己』氏の偉業をザッとご紹介。
1965年、明大ゴジュンバ・カン登頂隊に途中から参加、第二次アタック隊として初登頂を果たす。
フランスに帰った後、モンブラン、マッターホルン、ケニア山、キリマンジャロと意欲的に山に登る。
南米最高峰アコンカグア単独登頂、アマゾン河を筏で下るなどした後、日本に帰国1970年、日本山岳会のエベレスト遠征に参加し、松浦隊員と共に日本人初登頂。
直後に北米最高峰マッキンリー単独初登頂を果たし、世界で最初の五大陸最高峰の登頂者となる。
この頃から南極横断の夢を抱く。
夢の実現のため、エスキモーと共に生活し、犬橇と極地での生存術を学ぶ。
1974年野崎公子と結婚。犬橇単独12000㎞の旅に成功。
1978年北極点単独行、グリーンランド縦断に成功し世界的名声を得る。
1981年始めて隊を率いて冬季エベレストを狙うが、隊員の死もあり断念。
アルゼンチン軍の協力を得て進めていた南極横断の夢も1982年フォークランド紛争の勃発により断念せざるを得なくなる。
新たな夢、野外学校設立の参のためミネソタの野外学校に講師として参加。
1984年2月12日、43歳の誕生日に冬季マッキンリー単独初登頂を果たすが、登頂を伝える交信の後、消息を絶った。